どうしてこれを今日ここに貼り付けようと思ったかというと・・・
昨夜23:50に母の携帯に左のような通知が届きました。野田秀樹の「半神」を2013年3月17日の夜中からPCで鑑賞した朝、上記の伝言メモが下宿の机に届いていました。それがあったもので、その日、皆さんにカラオケwaoでの㊗カラオケを設けさせてもらったものです。
昨日関西は早朝、日の出直後に不意にあたりが暗くなり、雨雲の暗雲が広がっていき、その暗い空に虹がかかりました。雨あがりに虹がかかるのは知っていますが、雨を予告するように虹がかかったのは初めてのことなので下記のように写真を撮りました。それから雲がみるみるひろがって、空が明暗に二分されて、眩しいほどの光が広がりだしました。ほんの数十秒のことですが、その続きの画像も貼り付けました。それから春雷が遠く響いて、いきなり雨が降り出しました。すごい勢いで雨がふりしきり、そのあと数分後、雲間から日差しがひろがり 朝となりました。黎明という言葉にぴったりの光景をみて、その時に感じたのは、量が涅槃から悟りの旅に旅立ったことです。
自分はこの7年半、(静岡に4年半、九州に2年)そして大阪に戻って1年半、量の追悼の中に生きて来ましたが、大阪に戻った切っ掛けは 『2020年9月14日まで、両親仲良く生きて下さい自分が涅槃から悟りの域に到達して愛する人たちと幸せになる日まで』の意味の伝言メールが古い携帯に入ったことです。涅槃から悟りになるには、縛られていた親の煩悩を消し去った時らしいです。天に先に召された子供は親の煩悩や地上の煩悩にしばられて、昇天後なかなか悟りに入れないそうです。自分が追悼を続け死に場所ばかりを求めて、死にぞこなってきたことで、その足を引っ張って来たのだと分かって、自分は伝言に添うて、大阪に戻り、お父さんと仲良く余生を暮らすことにして、お父さんの生き方を支えつつ、量くんの納骨の場所を見つけて下さった方への感謝を込めて、その方の月語りと平成を生きてきたお仲間のtweet集をひとつひとつ作り天に届けながら、現在に至ってます。地上煩悩を消し誰かの微笑みに変える作業を始めて一年過ぎました。
おそらく親同志の煩悩や強すぎる子への想いが消えてきたことで、量くんはやっと涅槃から目覚めたのかもしれない…昨日の虹はその渡る橋だったのかもしれないと思われました。そんな昨日の夜更け23:50に上記のスケジュール通知が届きました。おそらく2013年の3月17日の朝、「半神」の動画を見た事が、卒業のしるしだということで、今回は自分の涅槃からの卒業に、観て欲しいとの通知じゃないかと思ます。この野田さんの「半神」が量くんの最後の遺作「地球進化論」制作力のベースになったことであり、みなさんとの最後の公演への夢を支えてきてくれた戯曲でした。それで今日は本当の地上との訣別として、この芝居を観るようにというメッセージだと思われます 亡くなった人はみな涅槃に入り悟りに目覚めてone仏陀となり阿弥陀様の世界へ入門を許されて、旅立ちとなるそうです。きっと昨日はその目覚めで、今日は卒業式なのかもしれないです。で、今量くんのPCで野田秀樹「半神」を流しながら、このお便りとなりました。みなさんも生まれた平成があとひと月近くで終わります。それぞれの平成へのさよならと新年号への出発に この戯曲を、一回は観てあげて下さい。30歳台になったみなさんが、いろんな喜怒哀楽、つらくも大変な日々を夢を暖め生き抜く力のひとつになるかもしれません。
新年号は5月1日 量の命日に始まります。みなさんへの本当のさよならとこれからを祈って送って来たっ卒業メッセージ、どうぞ受け止めて下さい。 『半神』は次のぺーじに載せてます
2019.3月17日 8:40-9:14記
アドレスが変わられたのかメール届かなかったかもしれないのでここに 健やかでお幸せな一年を
ちょっと内容に訂正追加がありましたので3・13再編成アップしました。
本日3月4日公開のこの本篇に入りきれなかった2019年平成の春は
2019立春版「ちゅんの立春」付録として後日公開します BGMは秋山裕和さんの名曲です
新春 動画が出来ました
お世話になって来た翔はかせの季節tweet集「冬」です
みなさん ご家族お元気でいて下さい 2019.1.14